父の葬儀を尼崎で行った、海外在住の話。

尼崎での葬儀の体験談です。

結婚を機に海外に住むことになり、日本の尼崎にある実家には3年に一回ぐらいしか帰ることがありませんでした。
父は70代後半、母は70前半でしたので、まだ比較的若いと思い、それほど両親の老後のことを心配することもありませんでした。
時々母と簡単なメールのやりとりをして近況を知るようにしていました。
父の緑内障が悪化して、視力を失う恐れがあると母から連絡があったのはそのころですが、その後しばらくして父が入院していて容体がかなり悪いとのことで、日本に2年ぶりに息子を連れて帰ることになりました。
父のことを聞くと視力がほとんどなくなったことに加え、内臓機能のあちこち支障が出るようになり入院することになった、ところがその入院先で肺炎にかかりかなり危険な状況、という話でした。
そして私が帰国した次の日の朝4時に病院から電話が入り、父が亡くなったことを知らされました。
病院で父に対面した後、緊急の課題として葬儀会社を決めることがありました。
なぜならそうには霊安室のようなものはなく、2時間以内に引き取らなければならないと病院の方から言われたからです。
とにかく時間も情報もなく、放心状態の母と幼い息子もおり何とかしなければと思い、とりあえず病院の方に葬儀関係のパンフレットのつづりを見せてもらうことにしました。
ところが病院の場所は実家から離れてたせいもあって、どこの葬儀会社も名前も聞いたことのないところでした。
その中で一つの葬儀会社を決めた理由は、地味だけど堅実な感じを受けるパンフレットという一点のみでやすらぎの杜さんにしました。

 

慌てて葬儀会社に電話したところ、すぐ行きますと言ってくださって20分ぐらいで父を迎えに来てくれました。
葬儀に関しては全く知識がなかったのですが、担当の方から丁寧に手順を教えていただきました。
死亡届の手続きのことですとか、特に納棺の儀式というものがあることをその時初めて知りました。
実際の葬儀なのですが、母が無宗教、通夜も行わなくてよい、と希望したため、かなり寂しい感じになりました。
通夜の代わりにお別れの儀式を担当の方が執り行ってくれました。
葬儀は参列者が全部で6人とかなり小規模の家族葬となりました。
斎場はかなり広くて立派だったので余計にそう感じたのかもしれません。

 

一番強く感じたのは、自分のお墓を買う人はいるけれど葬儀屋さんを用意している人はいない、ということでした。
家族もまさか先に葬儀社に予約を入れるわけにもいかないのですが、もう少し事前の心構えや葬儀の規模に合った葬儀社を選んでもよかったかと思いました。
あとで調べると料金にも葬儀社によってかなり開きがあるようで、金額も安価なほうだったことが分かりました。
父の葬儀を行っていただいた葬儀社にはただ感謝しかありません。

尼崎から徳島の葬儀へ参加したときのドタバタ劇

4年前、母方の祖母が亡くなり葬儀をする事になりました。本来は、施主ではなかったのですが、施主側がパニックになり、ほとんどを取り仕切る事になりました。私は、何年か前に父の葬儀をだしていたので、少しは手助けになればと思い葬儀をすることにしました。

従姉が葬儀会社の方と知り合いでした。そのため、そこの葬儀会社を利用しました。

まず、葬儀会社との取り決め時にハプニングがありました。施主にあたる従姉がパニックで話がまとまらず、何度説明しても理解してもらえず。

従姉の親(母の兄)は健在のため、喪主は叔父が、支払いは従姉がするため施主は従姉がと決めましたが「お金は私が払うのだから喪主も私がやる」と。

気持ちはわかるが、何事にも順序や理由があるからと説得しました。

その後、何度も色々な事を説明しながら、従姉の説得と承諾を貰い、やっと決定しました。

翌日、納棺の前になり、葬儀会社から「死化粧はされましたか?」と聞かれました。

私は、それは葬儀会社でやってくれるものだと思っていたので(実際、私が暮らす尼崎の地域では葬儀会社が行ってくれるので)「いいえ、やっていません」と答えると「もし、お化粧をされるのなら、今のうちにお願いします」と。

大叔母から私の化粧道具で化粧をしてやってくれと言われ、しぶしぶ私の化粧道具で行いました。

大好きな祖母だからいいけど、化粧品買い換えたばかりなのに、死者に使って、その後この化粧品はどうするのかと思いました。結局、もったいないので使っていましたが。

お通夜になると亡くなった親を見るのが辛いのか、母の兄弟がお通夜にいない。

開始、1時間前に母の兄が「頭が痛い」と帰ってしまいました。

母の弟は2,3日前から阿波おどりの公演で埼玉県ヘ。結果、お通夜には間に合わないと連絡がありました。そして、母は誰も弔問客がわからないと無理やり受け付け席に座らされていました。

結局、最前列は、孫が座ることになりました。

皆であり得ないと言いながらも何とかお通夜は無事に終わりました。

さすがに翌日の告別式は両方とも参列しました。この時、叔父が泣いているところを初めて見ました。

母も初めてかもしれないと言っていました。

おそらく昨日の出来事も、親が死んでしまった事を実感したくなかったのかとその時気づきました。だけど、しっかりお通夜から参列して欲しかったです。

普段、私は尼崎に在住、母の実家は徳島県。地域が違えば色々と違う事もわかってはいたつもりですが、こんなにもドタバタしたお葬式は初めてでした。